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シアトル在住 不動産屋の日常あれこれ

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Mariko Mitsui

Author:Mariko Mitsui
東京出身。ご縁があってアメリカ・シアトルにて不動産仲介業を経営、雇われ社長ですが雑用もこなします。在米14年。親業はまだ数年。息子二人、柴犬二匹、夫とシアトル郊外にて在住。

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世界中のパパに共通すること
先日、シアトルから日本へ転勤されているMr. Sさんより、久しぶりにご連絡をいただきました。

とあるコンドミニアムをシアトルにいる娘に見せてくれないかとのご依頼。早速、お嬢さんよりご連絡をいただき物件の前で待ち合わせ。

そういえば、ご家族で転勤されることになったとき、長女さんだけはこちらに残ったんだよなぁと、記憶を辿りながら現地へ向かうと「こんにちは~」と流暢な日本語でごあいさつ。

思わず「大きくなったね~!」と声を掛けるのも変だと気づき(そもそもそんなに小さなときから知っているわけでもないしで・・・)立派なお嬢さんになっちゃって~と思いつつ、早速物件をご案内。

Bank Ownedのため、中の状態はパーフェクトとはいえませんが、そんなに悪くもない感じです。早速隅々まで歩き、コートのポケットから携帯を出すと、どこかへ電話。

会話の様子から、日本にいるお父さんとお話している模様。

そして、内容はお嬢さんが気に入っていて、ドンドンお父さんにアプローチをしているもの(苦笑)。
お父さんが色々と質問をしているようですが、それに返すお嬢さんの返答はあくまでポジティブ・・!

お父さんの困っている顔が受話器の向こうから透けて見えてきそうだったので、お嬢さんにお電話を代わっていただきました。

お父さんの一言目。

「Well... so what do you think, Mariko?」

あくまで第三者的な意見を聞きたいというお父さん。いいところと悪いところをそれぞれお話しました。

「いい物件ですよ。ただお買い得というだけで判断していいものか、それはまた別の問題です。」

そしてまたしても受話器の向こうで「うーん」とうなだれるお父さん。

再度、お嬢さんに代わり、またラブラブ攻撃・・!

「KitchenはUpgradeしたばかりだし、リビングも広い、しかもモールから超近いのに室内は静か。暖房も入れていないのに部屋の中はぽかぽかよ。あとは何が聞きたい?」

思わず、私は背を向き、困り果てているお父さんを思い浮かべては、こみ上げてくる笑いを堪えていました。

世の中のお父さんは、可愛い娘さんには弱い。これは世界各国共通だなぁと(笑)。

やっと会話を終えたお嬢さん。

「お父さん、何だって?」

「すぐにYesとは言わないけど、でもだいじょうぶ。あともう一押しで絶対に落ちるから。」

でも本当に可愛いお嬢さんなので、こんな娘さんに何か頼まれたら、断れないですよね。同情します。

私も息子にこんなお願いをされたら何をしでかすか・・・と自分の将来も案じたのでした。

Mr. Sさん、またご連絡、お待ち申し上げております。ふふ。
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【2010/12/20 00:55】 | House Hunting | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
史上最強だった杏仁豆腐
地元の日本語情報誌で、スイーツ特集をやっていました。ニヤニヤしながら見ていると、ふと、アメリカには杏仁豆腐があまり売られていないことに気が付きます。

中華料理屋に行ってもないですし、試しに何度かお願いもしましたが、こればかりは答えは「No」。

何を隠そう、私は隠れ”杏仁豆腐評論家”で、日本にいたときには中華街や、有名中華料理店の杏仁豆腐を食べ歩いたことがあります。友人と一緒に食べに行き、メインとして杏仁豆腐を頼んでは、友人とシェアをせずに食べつくし、よく呆れられてました。

結局のところ、私が一番好きだった杏仁豆腐は、その名も「史上最強の杏仁豆腐」というもの。かつての勤め先であった四谷に「上海ヌードル」(現在は閉店)という台湾小皿料理屋が出していたものです。

従来の杏仁豆腐と違うのは、ひし形のものではなく、プリンのように1つの器に盛られ、さらっとした感触で食べられるのが当時は新鮮でした。今ではそれがスタンダードにさえなりましたが、当時はそのネーミングともに、中華料理屋がその杏仁豆腐で、一世を風靡していました。

久しぶりにそこの杏仁豆腐が無性に食べたくなり、前に似たようなものを作った主人にこの話をしました。

すると「今、作れるよ。」とのこと。

しかも「俺のレシピはその、上海ヌードルのものだったって知ってた?」

これが恋人同士だったら盛り上がるのでしょうけれど、夫婦ともなるとまずは疑いの目から(笑)。

腑に落ちない顔をしていると、要するに当時の”上海ヌードル”は、彼が当時勤めていた池袋の某有名ラーメン店が出した姉妹店ということが判明。その姉妹店の杏仁豆腐が大反響だったので、池袋の親店へ逆輸入したとのことでした。

まぁ、話は長くなりましたが、レシピを確認したところ、手書きで

「史上最強の杏仁豆腐」

と書いてありました・・・。夫婦腐れ縁というか灯台下暗しというか(苦笑)。というわけで、作ってくれるのかと思ったら、自分で作るはめに。

そこで私でも誰でも作れた、”史上最強だった杏仁豆腐”のレシピをお教えします。

お水:800CC
牛乳:300CC
砂糖:100g
練乳:50cc
某寒天:1本の約6割
アーモンドオイル:少々

1.棒寒天を適当にちぎってお水に浸します。

2.お水、砂糖、練乳を鍋にかけ、ぐつぐつ沸騰させます。

3.沸騰したら、水に浸した寒天を絞り、小さくちぎって鍋に入れ、さらに溶かします。

4.火を止め、牛乳とアーモンドオイルを一緒に入れます。

5.こし器か、網のざるなどで4.をこしながら器に入れ、冷蔵庫で冷やして終わり。

器に取る都度、しょうがと砂糖水をまぜたシロップを掛けて召し上がります。この”しょうがシロップ”がまた哀愁をそそるんですね。

硬さは寒天の量で調整してみてください。レシピにある”1本の6割”はかなり緩めです。

当時、お店ではさらにキウイ、いちごのスライス、生クリームをかけて出されていました。

写真がないのが残念ですが、ていうか、改めてレシピ見たらほとんど水だったという事実。

思わず「原価、安すぎでしょっ!」と、当時どれだけ店に通ったかを思い出したら、夫に八つ当たりしてました。

原価安、私でも作れた「史上最強」であるべきだった杏仁豆腐の印象が、どんどん崩れていった記念すべき日・・。


というわけで、今更になってですが、幻だった杏仁豆腐が大人食いできるようになりました。

皆さんもぜひ、お試し下さい。
【2010/12/12 20:03】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
クリスマスツリーがやってきた!
今日は、息子と二人で、ご近所さんと、念願のクリスマスツリー伐りへご一緒させていただきました。

朝9時半、1ブロック先のご近所さん宅で集合。お弁当、のこぎり、そり、グローブ、スノーブーツを積んで、Mt. Bakerへ出発します。

途中、クリスマスの木を伐るためのPermitを山のふもと、Enumclawで購入。12フィートまでなら一本、10ドル。お店で買うと、80-100ドル近くする木もあるので10ドルは安いですね。

そして、いざ、雪山へ。410をクリスタルマウンテンへ行く手前で70へ入り、林道のような道を登ります。先日の雪道運転が頭を過ぎりますが、今回は比べものにならないほどのコンディション・・。道が狭い上、かなりの登り坂もあり、まさに山あり、谷あり、脇には谷底あり・・・。スノータイヤを履いていましたが、ドキドキしながらの30分でした。

Christmas Tree 
一番最初に開けたところで駐車。どうやら、この斜面にそびえる木々が標的のようです。

早速、スノーブーツへ履き替え、のこぎりを担いで山へ!と思いきや、私が入ったのは、写真の傾斜から30メートルくらいだけ登ったところでした。帰りに木を担いで降りてくるとなると、あまり奥へはいけない計算でしたので、下のほうで余っている木で、無難な木をなんとか選定。

その場でノコギリで切り身を入れるも、斜面の雪に埋もれながらの作業は結構な力仕事。お友達のご主人に半分以上伐っていただき、無事に”捕獲”。

切り口からはほんわり、あのツリー独特の香りが舞い上がり、切れたてホカホカの木をお持ち帰りしてきました。

そして、山から連れて帰ってきたのがこのツリーです。お店で売っている、形が整っているのとは違い、ちょっとブサイクさんですが、このまま、雪山にそびえていたのを持ってきた雰囲気があり、既に愛着が沸いています。

さっそく、飾り付けをし、ようこそ、我が家へ。

Christmas Tree2

ライトにスイッチを入れると、子供たちの顔がふわっと明るくなり、自分の何倍もの丈があるツリーに、大喜びしてくれました。

今は家の中、全体に森林の香りが漂っています。下のほうの要らない枝も、自分が持ってきたとなれば、どれも可愛いもの。きれいに切って、テーブルの上にちょっと飾るだけで、家中がクリスマス一色。

ノースウェストにも冬が本格的にやってきました。

皆さんも、機会があればぜひ、お薦めです。ちなみに、AWDか、チェーン装備必須ではないとお薦めできない道です。完全な雪道運転になりますので、どうかお気をつけくださいね。

誘っていただいたご近所さん、本当にありがとうございました。

Happy Holidays!
Mt. Baker-Snoqualmie National Forest Park


(注:PermitオフィスHoursはMon-Friとなっていますが、
シーズン中のみ(12/12まで)、土日もOpen しているようです。
事前にご確認の上、よろしくお願いします。 )
【2010/12/05 20:48】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
私を育てた街
今朝、インターネットを見ていたらたまたま、こんな記事を見つけました。

「蔵の街に宿場の面影「金八先生」の北千住」

金八先生の舞台は正確にいうと、お隣の駅、「堀切」だったのですが、当時、このドラマが流行ったときは、自分の街がTVの舞台になっている誇らしさと、でも、ドラマの題材が「不良生徒、貧乏家庭」みたいな感じだったので、微妙な気持ちだったのを覚えています。

何度か、学校の帰りに駅で撮影をしているところも見かけましたが、あんなに品のいい不良生徒は、あまり北千住界隈では見かけなかったかも。やっぱりドラマに出る人は違うんだと思いました。

毎日のように、いじめとか、子供の自殺、先生の不祥事・生徒への暴力のニュースを見ます。これは今に始まった事ではなく、ずっと昔からあったことですが、記事を読んでいると、そんなことで?と無念に思うことが多々あります。”そんなこと”といのは、問題を軽視しているわけではなく、そういうことは、友達とか、先生とか、家族とかで解決できる事だったのでは?と思うのですが、きっと私が育った時代とは違う、もっと複雑な環境の中で子供たちが生き抜いていかなくてはいけない、という現実があることも思い知らされます。

金八先生のドラマで今になって共感できるのは、先生が生徒にしつこいほど関わってくるところや、不良生徒もそれなりに、節度と義理を守っていたところ。今の先生はそれをしたら「ウザイ」とか、親からも色々と言われるんでしょうね。

昔は先生といえば「聖職」といわれていて、先生の言っていることは絶対みたいな雰囲気はありました。
うちの親はよく私の通信簿の返信欄に「悪い事をしたら、遠慮なくどんどんぶんなぐってください。」と書いていました。おかげで、よくぶんなぐられていましたが。(ただでさえもそういう機会が多いのに、親公認となれば、先生も金棒です。)

殴られていた理由は、今となったらニュースになるくらい、くだらないことです。友人と土手を歩いて、部活をやっていた同級生に野次を飛ばしたら、部の先生が担任にちくり、翌朝、登校直後に平手打ちとか。今では何で怒られたのか覚えていないほどです。

暴力を肯定しているわけではありませんが、寄り道をしたことがいかに悪いか、そういうことを伝えるのに当時は、そうすることが手っ取り早かったのかもしれません。当時でも子供の誘拐や、いたずらは多かったので、そうやって心配されたのは仕方ないことと、幼いながらに理解していました。

それから、当時は街の人、みんなが見ていました。誰かのお母さんだったり、近所のおじさんが自転車で通り過ぎるとき、「早く帰れよ!」とか、「うちへ寄っていきなさい。」とか。見えないバリアがどこか、子供の心に「見られている」という、ある種の恐怖心みたいのがあり、それが逆に秩序を守っていた原動になっていたかもしれません。(親に言わせて見れば、あれでか?って言われそうですが。)

今朝見つけた記事にも書いてあった、街灯の小旗に掲げてあった標語。

「みんなちがって みんないい」

それを読んだとき、この街で住んでいる人がまたこういう気持ちで子供たちを見てくれたらなぁと。いや、もしかしたらまだ変わらず、そうしてくれているんじゃないかなぁと、密かな期待もしつつ、自分があの街に育ててもらったことを感謝したのでした。

記事にあった、土手の写真、「かどや」のやりかけだんご屋さん、みんな私が寄り道をしていたところ。今も守っていてくれて感謝。今度、帰ったら久しぶりに、だんごでも頬張りながら、昔住んでいたところを散策してみたいと思います。

歳を取ると、こういう懐古することが多くなりますね(笑)。
【2010/12/04 10:39】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑

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