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シアトル在住 不動産屋の日常あれこれ

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Mariko Mitsui

Author:Mariko Mitsui
東京出身。ご縁があってアメリカ・シアトルにて不動産仲介業を経営、雇われ社長ですが雑用もこなします。在米14年。親業はまだ数年。息子二人、柴犬二匹、夫とシアトル郊外にて在住。

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愛車との突然のお別れ
リースをしている車のマイレージがカウントダウンに入ってきました。なんだかんだと3年間お世話になり、最後の方になって愛着が沸いてきてしまいました。

買い上げるか、返却するか迷っていましたが、やはり実用的でないのと(スポーツパッケージがそもそもの間違え)、もう子供も出来て、独身貴族もきどってられないので、やっぱり思い切って手放すことにしました。

で、1ヶ月くらい前からこのマイレージカウントダウンに合わせて、色々と車を見てきました。やっぱり・・今乗っているメーカーの新車はすごい。乗り心地、ハンドリングはかなり向上、すばらしいの一言。車好きにはたまりません。また乗り続けたい・・・。

しかし、予算オーバーもいいところで、中古さえもかなりの悪条件でないと、予算内に収まりませんでした。しかも、自分が買ったときはあまり人気がなかったのに、それから小型SUVがはやってしまったのか、ベースプライスも当初よりぐっと上がっているのには驚き。家の価格は上がるけど、車の価格も上がるんだなぁと・・。

というわけで、迷いに迷ってやはり日本車にすることにしました。やっぱり、日本車ってある意味、すごい戦略。痒いところに手が届くというか、他社の、あれもあったら、これもあったら、全部一緒になってたら・・・、それでもってお値段は一番お買い得。という、まさにBuyerの心情をバッチリ抑えている。

でも、本当は他社の車をもう少しでサインするところだったんです。

それはなぜかというと・・・やっぱり、営業マンの力なんですね。「元々いいディールだから迷わず買ってよ。」という、努力もしない営業マンの態度が気に入らずにいたんです。

他社の人はさりげなく、フォローアップを入れてきてくれたり、色々と教えてくれたり、気にかけてくれたり。

そんな情に負けて、思わず予算より高い車に手を出そうとしましたが、やっぱり最後にもう一度、比べて見ようと試乗してしまったのが、その日本車。

相変わらず、通り一遍の営業マン。その態度で、去年、買うのを辞めたんだというのを思い出し、思わず知り合いの車屋さんに相談。中古が専門なのに、伝手で直接、DealerのManagerに掛け持ってもらい、かなりいいDealをもらえることになりました。

話が早い・・・仕事が速い・・。さすが、その道、何十年の方です。いつも彼のビジネススタイルには尊敬しています。

ということで、あと1000マイルを切った私の愛車。最近は日に100マイル走るのも稀ではないので、それこそ、10日や1週間での消費する勢い。次の車も見つかったし、早々に返却の手続きをしようと連絡をすると・・・・。

「えっと、超過マイレージ料金が○△ドル、それから早期返却が○か月分でこれも△×ドル、合わせて合計○△■ドルのお支払いで返却可能です・・・。」

え!?早期返却は心得ていたけれど、超過マイレージってどういうこと??と焦って問いただすと・・・

なんと!16Kマイル/Yearだと思っていた契約が、実は15Kマイルで3年間、合計45000マイル。今は47000マイルなのでとっくに2000マイルオーバーということが判明・・。がーん。

あの・・何度もお宅のDealerに足を運んで、私の車も調べていたのに、一言も、マイレージが超過していることをおっしゃっていただけませんでしたが・・・。

私が勘違いをしていたとはいえ、やっぱりこのディーラーで買いたくないと思った直感が当たりました。

最後に断りの電話を丁重に入れたときには、もう、ほとんど私が買うものだと思っていたくらいのことを言われ、どの車にするのか?としつこく聞くので、その買おうとしていた車の対抗車の名前を出すと(本当はうそなのですが。)、怒り狂ったかのように、その車の悪口をいう始末・・。

例え、それを買わないにしても、そこまで言うことないでしょう??と思ったほどです。というか、私が本当にその車に決めていたら、多分気分を慨していたでしょうね・・・。

しかも、以前、彼はそのライバル車のDealerに籍をおき、トップセールスマンとして売っていたとのこと。だからその車の悪いことを全部知ってる・・・そう言っていました。そんな話は聞いていないのに。

車だってそうそう人生で買い替えするものではありません。金額は違うにしても、不動産と一緒。大金を投資するわけですから、慎重になります。

やっぱり一番印象に残ったのは、某社のNさん。サインをする寸前まで言ったので、本当に申し訳ないと、今までのいきさつを全て話すと、

「That's OK, I totally understand your situations!」と快く言ってくれ、「本当にすみません。あなたは色々とよくしてくれたので、またそのときが来たら、あなたに一番にご連絡します。」というと、

「これからもよろしくお付き合い下さい。また、今回はご縁がありませんでしたが、これをご縁に他の方をご紹介していただければうれしい限りです・・。」

なるほど!思わず、「いただきっ!」と思ってしまいました(笑)。

私も仕事上、こういったことがよくあります。お互い歩合制だから、彼の立場わかっているがゆえに、本当に言いづらく、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、彼の最後にさらっと言った一言は、私が今まで言えなかったことでした。

そっか・・・人は何か断るとき、やっぱり恐縮するから、相手に花を、こちらから持たせなくちゃいけないんだなぁと。

というわけで、今回、業種は違うとはいえ、色々な営業マンに会えて、私も勉強になりました。

あぁ~憧れだった今のメーカーとも4年でお別れかぁ・・。乗り心地はさておき、本当に楽しい車でした。また乗れる日が来るよう、がんばろうって思いました。

私も来週からは堅気になります、健さん。(あ、まだフィーバー、続いてました。)
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【2008/03/23 01:16】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
健ちゃんナイト
って・・先日の高倉健さんではありません。うちの息子のことです。

日曜日から3日3晩とはこのことで、息子が突然、高熱にうなされ、体温計を見てびっくり。思わず暗闇で凝視しましたが、確かに「39.6℃」と書いてありました。ひぇ~あともう少しで40℃?

子供って前兆がなく突然病気になるので、びっくりします。私が先日患った肺炎だって、38.8℃で大騒ぎしていたのに、40℃近くの熱って?想像を絶してしまいました。

で、実績を作らないとお話にならない、アメリカの病院。3日間待って行きましたよ、抗生物質をもらいに。(また!)これは紛れもない、熱さましではだませない、ウイルス性の風邪です!(断言!)

が・・しかし、小さい体にX-RAYを初めて浴びさせられ、出た結果が「肺炎の恐れはなし」。ほっとはしたもの、その次の診断がお決まりの・・・。

「というわけで抗生物質は出せません。熱さましもほどほどに・・・。熱があっても元気ならあまりあげなくてもいいです。次回は40℃を超える熱が出たら、また来てください。」

って・・・記録更新を支援ですかっ?実家の母親にこれを言ったら、笑ってあきれてました。

「子供の熱で40℃って、日本では救急車ものよっ!ったく、何を考えているのかしらっ!」

まぁ・・・アメリカの医者の言うこともわかります。風邪ならば様子を見て、自然療法が一番。それも子供に抵抗力をつけるのにはいいかもしれません。

日本の医者は医者で、何でもかんでも抗生物質をあげすぎかもしれません。こちらの医者いわく、抗生物質の多量摂取はアレルギーの元になるとも。

なるほど。悪い菌と共にいい菌も多少なり、死んでいくわけですから、アレルギーになりやすくなるのもわかります。

というわけで、しばらく徹夜の看病が続きそうです・・。今朝は夢の中で息子を世話していて、息子に横っ面を哺乳瓶で叩かれて起こされました。これ、結構痛いんです・・。かわいい息子だから許せるものの、息子以外の人が同じことをしたら、健さん呼んで”落とし前”の世界です・・・。

何だか最近、物騒なことばかり書いてすみません。すぐに影響されるのも昔からの悪い癖です。
【2008/03/12 23:39】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
健さんから学ぶニッポンジン
主人のLAに住む親友から、先日、大量のDVDが送られてきました。高倉 健さんが一世を風靡した時代の映画がごそっと・・。中でも「昭和残侠伝」はこんなにシリーズがあったのかとびっくり。

主人は大の健さんファンで自分の師匠とまで仰ぐほどで、この「昭和残侠伝」シリーズは彼のバイブルだそうです・・(汗)。趣味で集めた映画ポスターのコレクションも、半分以上が健さんのもの。

というわけで、夜な夜な「健さんナイト」が繰り広げられています。

もうストーリーは単純を極めているのですが、絶対に息子の前では見せないでね、というほど、すぐにチャンバラ、切り合いが始まるのが特徴。

本人もよくここまで同じ映画に、何十、何百本も出演したなぁと感心しました。もっぱら、後に自伝のエッセイの中では、最後は嫌気が差したと言っていましたが。

私も最後の切り合いになると席を立ちますが、それまでの筋を大まか見ていると、ニッポンジンの心ってこういうところに原点があるんだよなぁと思いながら、作品に引き込まれている自分がいました。

義理人情に厚く、筋を通す。筋違い、裏切りとなれば、自分が責任とって切腹する。絶対にアメリカ人には理解できない感覚・・・・。なんで自ら死ぬの??ちょっと失敗しただけじゃない?またチャンスがあればがんばって!というのに対し、義理、道理、裏切りに対しては、絶対的なものを得られないと気がすまない日本人。どうして自分で指切るの??という世界だと思います。そういう誠意の見せ付け方なんて、本当に強烈ですが、その奥に潜んだ、”筋を通す”ということに美学を置いているので、仕方ありません。

それから、これらの映画から、忘れかけていた、人間としての道理も学べます。

例えば、チンピラがズカズカと敵地に上がり込み、「○△を呼べ!」となると、そこの親分が出てきて

「己、渡世のわきまえを知らんな。人に会うときは、自分の名前を先に名乗ってからが礼儀じゃないのか?」

はっ。アメリカにいると、どうしても先に

「○△さん、いますか?まりこですけど?」

と、英語では自分の名前を後から名乗るときが多く、思わず、それを日本語でもたまにしている自分にびくっとしたり・・・。そういう他愛もない常識なのですが、忘れかけていたことを思い出させてくれる一面もありました。しかし、鶴田浩二ってかっこいい。私は健さんより、鶴田派です。どうでもいいですが。

アメリカで生活をしていて、何に違和感を感じるのか、それもわかったような気がしました。

どうしても道理を通したい、筋が違うでしょう?ということにこだわるがゆえに招く混乱。これはもう、育った文化がそうであれば、求めても仕方がない、心にそういうことが当たり前のように染み付いちゃっているから、アメリカ人がこの映画を理解できないのと同じく、どうしても交われないものがあることも、この映画を観て確信しました。

これだよね、この違いだよって、思わず夫と納得。西部映画とか、あまり観たことがないので、何とも言えませんが、これに似たのがマフィア映画。

今思えば、こういう背景がとっても日本のヤクザシステムと似ていて、わりとすんなり違和感なしに観られるのでしょう。

健さんの映画を見ていて、スカッとしたのは、そうよ、その落とし前、つけてちょうだいよ!と言い出す前に、やってのけてしまう健さんの姿、当然、後でまたシャバに入るのに、それでも切らなくてはいけない、やってしまう、その勢い、生き様にみんながあこがれていたんだろうなぁって。

しかし・・映画の中の、数々の名言や言い回しがその後、何十年もヤンキーなり、チンピラに引き継がれていったというのも、ある種、彼らが作った文化であり、残念なことに、本当に大切なものは、時代と共に忘れ去られてしまったみたい。

時代背景はまさに父親の若きころの時代。父もその昔、ムチャをしていたころ、映画に出てくるような話を聞いたこともありました(笑)。そのくらい、世に影響したんでしょうね。

そうそう、いつか父の若き日の話をここでしたいんですが、中々許可がおりませんなぁ(笑)~。もちろん、立派な堅気には今も昔も変わりないのですが、なぜか映画を観て、父から昔、聞いたおもしろい話を思い出しました。

どれもハチャメチャなストーリーですが、暴力的に見えて、最後、大事なことは伝わる。

なんか、最近、そんな映画はあまり観ていないような気がしました。

というわけで・・・私はチャンバラ劇の健さんではなく、彼が独立して、やりたい映画を撮ったころからのビデオを借りてきました。「あ、うん。」「鉄道員~ぽっぽや~」など。そうそう、ブラックレインも久しく観てないなぁ。

これから、じっくり健さん研究をさせていただきます。
【2008/03/08 23:43】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
記念日
そういえば、昨日で私が渡米して丸8年。2000年の3月5日に来たから、覚えやすい。

今日、初めて昼食をご一緒させていただいた方から「アメリカに来て何年ですか?」と質問されて、ふとそんなことを思い出しました。

8年かぁ・・・。2-3年前までは同じ質問をされると、

「まだ4年なんです。」とか、「もう5年ですね。」といっても、「まだ5年なんですね。」と切り替えされましたが、そろそろ去年くらいから、

「”もう”7年もいるんですよ。」

と自分でも、意識して言うようになった気がします。この調子だと、10年目なんてあっという間でしょうね。

この8年間、それまでボケッと生きてきた30年に比べて、本当に色々なことが凝縮されていたような気がします。

見知らぬ土地での生活、異文化、偶然なきっかけからアルバイトで勤め始めた今の会社、そして離婚、仕事の独立、再婚、出産・・・。

もう一回、同じ事をやれといわれても、到底出来ませんが、それでも一人で何でも出来たわけではなく、本当に色々な人に助けられてここまでこれたんだなぁと、改めて感謝した日でもありました。

今日、一緒に昼食をさせていただいた方は、同じ会社に、支店は違いますが、エージェントとして入ってきた日本人の方とWelcome Lunchということで、色々とお話をさせていただきました。

先日、会社の大きなコンファレンスがあったとき、先方から「三井まりこさんですか?」と話しかけてくださったのがきっかけです。

私がこの仕事を始めたとき、やっぱり色々と相談してほしかったこともあったし、日本人のエージェントさんとも交流がしたかったとういのがあったので、自分がもし、そういう立場になれたら、他の若いエージェントさんにそうしてあげたい、という願いが少しだけ叶った瞬間です。

まぁ・・・実際、私の失敗談などが中心で、どこまで助けになるのか、わかりません。最初の1年をどう過ごしたか、という質問をたくさんされました。

でも・・・ほんと、最初の1年って何してたんだろう?とういくらい、とにかく必死で、1日も休まず働いた・・・ということしか言えず、1日も休まずって、どう働いたんですか?とも聞かれたのですが、本当に覚えていない・・・。

当時、Blogをこうしてつけていたわけでもなかったので、あったとしてもそんな時間はなかったかもしれませんが、とにかく朝早くからオフィスへ行って、夜遅くまで一人で残っていた記憶しかありません。ほんと、何してたんだろ?

始めた当初は、先輩エージェントに「続けていれば、どんどん楽になっていくから、がんばって。」と言われつつ、ニンジンをぶらさげられた馬のように走っていましたが、最近になって、それはウソだったと悟りました(笑)。

やっていけばやっていくほど、大変になってきて、独立当初には感じなかったストレスや、不安、自己嫌悪、孤独感・・・。

得たものもたくさんあったけど、それと引き換えに失ったものも数知れずあり、それを思うと、やりきれないと思ったり・・・。

割り切っちゃえばいい、と言い聞かせても、心のどこかでは気にしてたり、それに疲れたりとしていたのですが、最近はそうやって、この仕事を始めた新人さんを捕まえては、彼らから元気をもらおうとしているわけです。

おごがましいのは百も承知ですが、イマイチ、達成感がなかったり、孤独を感じていたのは、そのせいかなとも思いました。

私の好きな経営者、経沢香保子さんの「自分の会社をつくるということ」の中にこう書いてありました。

「自分で創った道を、後から続く人たちが歩いてくるのは本当に豊かな気持ちです。」

これから益々、競争が激しくなってくるこの業界で、自分が豊かでいられる仕事をすることが、一番大切なんだなぁと。

「いいお客さん、いい仲間と、いい仕事をする。」

これに尽きると思いました。というわけで、今日お会いした新人エージェントさんには、私の売り出し物件のオープンハウスを手伝っていただくことになりました。私も心強いですし、微力ながら、彼女のお客さんが見つかるチャンスが広がればと願っています。

そして2月は私が6年前に独立した記念月。えっと、何か会社からいいことが・・・・と思うかもしれませんが、とんでもございません。

恐怖の年貢納めがまた始まるのです・・・。先月からがっぽり、コミッションから年貢が引かれていました。かといって、月々の経費は変わらずなので、放っておけば、銀行の残高もマイナスになるのもこの時期。(さっそく先月もやっていた・・。)

Taxも来るし、車のリースがもう少しで切れるしで、今のところ、お先真っ暗なのはこの私だってば・・・と今、気がつきましたよ。

今年はどんな年になるのでしょうね。
【2008/03/06 23:32】 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
とある夫婦の会話
第一話:朝のひと時
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私:「ほら、みて。新しい広告。結構いいでしょう?どう思う?」

とデザイナーから届いたばかりのProofを夫に見せる。

夫:「かっこいいじゃん。いつものデザイナー?」

私:「そう。いいでしょう?でも、もう少し私の写真を小さくしてってお願いしたんだけど、これ以上、しなくていいよ、って言うんだよね・・・。気になるのはそこだけかなぁ。」

夫:「うーん、小さくするというより、小さくできないんだよ。」

私:「なんで?」

夫:「お前、顔がでかいからさ、このまま縮小すると、ここにスペースができて、美的にきっとバランスが取れないんだろうね。俺、デザイナーの気持ちがよくわかるよ。」

私:「・・・・。」

夫:「強いて言えばさ、今はテクノロジーの時代なんだから、この顔だけ小さくして、もう少しここの肩をこっちへ出してみるとさ、きっとバランスが取れるよ。デザイナーに注文してごらんよ。簡単だよ、きっと。」

私:「・・・・。」

夫:「しっかし、お前って顔がでかいよなぁ~。昔、サザエさんに似てるとか言われてただろ?絶対にサザエさんだよ、これ。(一人で爆笑。)」

私:(かなり真剣に悩んでいる。)


第二話:就寝前のひと時
------------------------------

夫:(帰宅後、ご飯を食べながら)「今日は何か息子に変わったこと、あった?」

私:「今日は同じプレイグループの子たちと、○△さん宅へ行ってきた。(主人も知っているところ)」

夫:「へぇ~。」

私:「やっぱり、あの子、いつも私と一緒にいない分、こういうときになると甘えん坊が炸裂ですごかった。あなたと二人でいるときもそうなの?」

夫:「わかんない。」

私:「みんなと遊ぶより、私にべったり・・。席を外すだけで大泣きで困ったわ。仕方がないけど。私も普段、一緒にいられないから、こういうときは思いっきり相手しちゃって、1日の終わりはどっぷり疲れちゃう・・。」

夫:「で、今日は誰さん宅へ行ってきたの?」

---就寝----

今日も無事に1日が終わりました。神様へ感謝。明日もがんばりましょう。
【2008/03/05 01:10】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
春かと思えば・・・

忘れてましたよ・・。花粉症。


一昨日から急に始まった、のどのイガイガ。


あれ?また風邪かな?と息子と向き合うと、鼻の下から太い2本線。


オノレ~また保育園からばい菌を・・・と思っていたら、今度は目がかゆくなってきて、「げ!結膜炎まで?!」と思っていたら、その後、無事に私にも鼻水の洗礼がされました。


息子の鼻水の原因は・・・と考えるに、最近は奥歯が生えてきて、夜は2時間置きに起床。(本当に座って起きてしまう・・・)こちらも一緒に付き合わなくてはならず、寝不足気味。


歯が生えるときは鼻水が大量に出る、と聞いたのでそのせいかとは思いますが、あまりに大量なので、風邪なのか、何なのかわかりませんが、ぐずる様子もなく、ハスキー声で元気一杯。


しかしですね、この時期はかなりきついです。お客様とのお話、車の運転、書類のチェック・・・。


運転に集中していると、お客様との会話にかみ合わなかったり・・。


とりあえず、去年買ったアレルギーの薬を飲んでいたら、眠くなる薬ということが発覚。やっぱり・・!危うく居眠り運転を何回かするところでした。


昨日は一人で、お客様の家を廻る仕事だったので何とか大丈夫でしたが、今日はお客さんと一緒だったのでその薬も飲めず、鼻はトナカイでお仕事。


会社の受付の子に相談したら、その子は注射を月1本打っているとのこと。なるほど、それはいい考えだと思い、早速今週、私も打ってこようと思いました。


今が一番忙しい時期なので、ボケボケしてられない・・と夫に相談したら、


「ちゃんとメモを常に持参して、ボイスレコーダーも持ってしないと、忘れるぞ。」


そ、そこまでボケちゃいますかね・・・。でも、最近、数歩、歩いては、「はて?何を取りに行くんだっけ?」とかありますので(汗:これってあまり花粉症とは関係ないのかも!?)気をつけたいと思います。


そうそう、今日は自分の車から降りるときに、段差に気がつかず、足に怪我をしました・・。傾斜に車を止めたので、自分の運転側が、地面から離れていることに気がつかず、そのまま飛び降りたら、落ちて足のひざ裏をスリましたよ・・・。お客様側ではなくてよかったのが幸い・・。


その後、しばらくはお客さんにばれないよう、足を引きずりながら歩いていました。トホホ。


今からシャワーを浴びるのが怖いです。みなさんも花粉症の二時災害にお気をつけ下さい。

【2008/03/03 17:21】 | Private | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑

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